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受験をどういう機会と捉えるか

こんにちは、タケスタのサイトーです。

今回は受験を迎える皆さんに

わたしから個人的なメッセージを伝えたいと思います。

以前の学生時代も教育産業でアルバイトをしていたのですが、

その中で塾講師や個別指導をすることもありました。

生徒の中には「なぜ勉強しなくてはいけないのか分からない。」

と根源的な問いをぶつけてくるひともいました。

この時どう返したのか記憶がないのですが、

わたしの性格から一緒に考え悩もうだったのかもしれません。

ただこれは多くの人が避けては通れない問題だと思うのです。

受験をくぐり抜けて大学へ入学する過程の中で、

資格を得て職業に就こうと考えているなら

目的意識もはっきりしていて悩むことが少ないかもしれません。

早めに将来の選択ができていて、これはこれでよいでしょう。

ただし、それほど多くの人が将来の職業像までは描けていないはずです。

わたしも受験時代は世の中にどのような職業があり、

自分にはどのような能力が備わっているか、

よく分かっていないというのが本当のところでした。

 

そこで受験勉強を通して自分自身を

じっくり見つめる機会にしたらよいかと思うのです。

これは「自分の将来はこう決めた」

といった断定的なことではなく、

漠然と「自分は何が好きか、どういうことなら続けられるか」

といったことです。

わたしの場合、考えることと雑学は好きだが、

覚えることと同じことを繰り返すのは嫌いで現実に疎い。

今後は研究か何らかを創造するのが良く、

ミスが許されないとか法律とにらめっこするのはよそうと。

こんなふうに将来の方向性を大枠で捉えることで、

受験への動機づけとしたらよいのではと思うのです。

こんなこと言いながら、

「都会がいい」とか「このレベルじゃなきゃ嫌」といった

よこしまな気持ちももちろん十分なモチベーションになるでしょう。

 

残念ながら、受験に際して体調を崩してしまうひともいます。

学力が伸び悩み、焦燥感が募り、勉強するも空回り

の繰り返しといった悪循環に陥るようです。

そもそも勉強ができるって

相対的に価値の高いことなのでしょうか。

人を笑わせるのがうまいとか、

けん玉がうまいといったことと

同列のことのように思います。

(タケスタの棚にあるシェーの人形とけん玉はそういう意味だと)

時にはお気楽に考えましょう。

 

こんなことを伝えたのも本日が最後の勤務となるからでした。

 

歴代の校舎長をはじめ、スタッフの皆さまには

たいへんお世話になりました。

この場を借りて厚く御礼申し上げます。

生徒の皆さんも陰ながら健闘を祈っております。

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